ある冬の夕方
                        田中 正浩
 ある冬の夕方、それはある研究会の帰り。僕はM先生と話をしていた。
「生徒から、数学勉強して何になんのって聞かれたらどう答える?」
「うーん。むずかしい質問ですね。…(しばし考える)…こうやって数学の教師になれるよ、とか…」(笑)
「説得力に欠ける。よく言われる、いい学校に入って、いい会社に入って…というのもちょっとねえ…」
「むなしいですよね。」
「やっぱり僕はね、こう思ってるんですよ。数学勉強して、賢い人間になるんだって。…昔はね、関数なんて解らなくても、三平方の定理を知らなくても全然かまわなかった。」
「農家だったら畑の耕し方とか稲の刈り方とか、そういうことだけ知ってればよかったですよね。」
「というより、時のエライ人、つまり支配者達にとったら、いらんことを知って賢くなるより、せっせと働いて年貢を納めることだけ考えてたらええんや、と…」
「今はそうじゃない。」
「そう。一人一人が主人公の世の中になって、一人一人に責任がかかってきた。一人一人がしっかりと自分の意見を言わないといけない。」
「国が間違った方向へ行こうとしていたら、それを見抜いて、正していかないと。」
「そんな意味で数学的なものの見方、考え方というのが非常に大事になってくると思うんです。」
「なるほど。今度からそういうふうに答えることにしましょう。」
 このように僕とM先生は勝手に納得し、翌朝会う生徒達の顔を想い描いていた。
(1994.2)