あんなのノボシビルスク留学記(4)
(「日本とユーラシア」2008年3月15日号掲載)

 ノボシビルスクからの音楽レポートを続けましょう。2006年秋音楽院付属学校でのイリーナ先生による週3回のバイオリン・レッスンは続きました。杏菜は12月には念願のビブラートができるようになり、1月の試験コンサートでベリオのコンチェルト第9番を弾いて、先生方全員一致、最高点の5点をもらいます。杏菜が予想できないような急速なテンポで上達していることは誰の目にも明らかでしたが、やはり9,10歳というのが早すぎず遅すぎず、留学には最適の年齢だったといえるのかもしれません。

 その後事態はさらに急展開し、クージナ教授から自分の生徒にするからロシアに残るように言われた杏菜は、先生の指導を受けて、4月にポーランド、プロツク市であった「第2回若いバイオリニストのための国際バイオリンコンクール」年少組で2位に入賞したのでした。最近いくら便利になったとはいえ、何事も予定通りにはいかないロシアの生活はストレスがいっぱいで、私は「ママはもうロシアに疲れたし、日本に帰りたいけどなあ」と言うのですが、杏菜は「私はここでバイオリンの勉強がしたい」と言い切ったのです。日本の家族も「もう行くところまで行くしかない(サンタさんのソリに乗って杏菜はどんどん行ってしまう!)」と苦渋の決断をしたわけです。日本の小学校を退学し、クージナ教授の推薦で、2007年9月杏菜は前回までのレポートに書いた名門校「ノボシビルスク特別音楽学校」の4年生に転入しました。

 この学校こそバイオリニストのV.レーピン、A.バラホススキー、M.ヴェンゲロフを出した伝統校なのです。学校は1年生(6、7歳)から11年生(16、17歳)までの11年間で、卒業するとすでに音楽学校の教師、伴奏ピアニスト、オーケストラ団員として働く資格が与えられますが、実際は全員がどこかの音楽院へ進学します。才能のある子供のための特別校なので、入学審査だけでなく進級審査もかなり厳しく、「相当しない」と判断されると容赦なく退学になります。驚くことに各学期ごとに成績不振者の名前が学校の正面玄関に張り出されるのです。毎年全学年で編入試験がおこなわれ、ロシア、CIS諸国、外国から受験生が集まります。杏菜のいる4年生(10、11歳)は全員で12人で、その内訳は、6人がバイオリン、4人がピアノ、1人がフルート、1人が民族楽器のバヤンです。学校にはピアノ、オルガン、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、ハープ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、サクスフォン、トランペット、フレンチホルン、トロンボーン、チューバ、打楽器、バヤン、アコーデオン、ドムラ、バラライカ、ギター、声楽、音楽理論の専門科があります。専門のレッスンは週2〜3回、副楽器としてピアノのレッスンが週1回あります。今年は4年生は午前組(ロシアの学校では午前組と午後組の2交代制)なので、朝8:30から始まり、13:10までが一般教養の授業、午後が専門とピアノの授業になっています。各授業は40分間で、4年生は毎日6コマですが、面白いことに3時間目と4時間目の間に「第2朝食」という名目で、担任の先生といっしょに食堂に食事をしにいくことです。杏菜は寄宿舎で毎日4回の食事(朝食、昼食、おやつ、夕食)を食べさせてもらっているので、「第2朝食」を加えると一日に5回食堂で食べていることになります。食べることが大好きな杏菜には、これがなにより気に入っていることといえるでしょう。

 杏菜のいる4年生の授業科目は、ロシア語、算数、文学(これが主要3科目)、歴史、理科、外国語(英語またはドイツ語)、コンピュータ、体育、ダンス、音楽史、ソルフェージュ、合唱です。主要3科目は担任のノフリナ先生が教えますが、あとはすべて専科の先生です。毎日宿題がたくさんでます。文学はノブゴロドの時代からはじまり、古典をかなりのスピードと量で読み進んでいきます。文学作品のペレスカス(内容を自分の言葉でまとめて言う)や暗記が宿題にでます。杏菜も9月、10月でクリロフの寓話と、プーシキン、ジュコフスキーのおとぎ話と数々の詩を暗唱しました。私が「その単語の意味知ってるの」と聞くと、「知らない」と答える杏菜。意味なしに音とリズムだけで作品を暗唱するなんて芸当は、大人にはとうていできないですね。算数は、日本では計算の約束事を教えてあとはひたすらスピード・トレーニングをするのに対して、ロシアではすべて頭が変になるような文章題で、しかもわざと答えが出なかったり、いろいろなやり方を比較させたりします。思考力、創造力を育成することに重点が置かれているといえます。音楽家育成のために最重要の教科は週2回のソルフェージュと音楽史で、音楽だけでなくバレエやオペラについても詳しく習います。杏菜は1学期をロシア語の4点を除き、他科目はすべて5点で終えました。次回は各専門科における流派の特徴、寄宿舎での生活の様子をお話しましょう。